20回   2008.july.03.

金子信造

3.ロコモーション

 人の手足の起源は古生代の魚類、エウステノプテロンの4本の手足からだとされている。前に言ったように、動物は(後退も一時的に可能ではあっても)前進運動をするものと規定できる、まず重力に従う方向を上といい、上下が決まる事によって、動く方向を前と言い、前後が決まり、左右が決まる。

動物の移動様式・歩行様式を総称してロコモーションという。魚や両生類のロコモーションの特徴は、躯幹部をS字状に左右にくねらせて前進することである。魚のヒレは方向や、バランスをとる、つまり環境と情報のやりとりをするためのものであって、動力は躯幹部の筋肉である。古生代の終期には、4足が躯幹部の横に生えているもの、さらに躯幹部の下に生えて、やがて地面から腹が離れ立ち上がるものも出てくる。

人の赤ちゃんは、立ち上がるまでは、ハイハイをするが、左足から動き始めたとすると、次に左手、次いで右足、右手の順になる。この運足は原則的に爬虫類、両生類にみられ後方交叉型と呼ばれる。立ち上がって歩き始めるようになると、原則的に左足、右手、右足、左手の順となり、この運足は霊長類一般にみられるもので前方交叉型といわれる。人は成長にあたって、進化の過程を経る、つまり個体発生と系統発生の関係を物語るものと考えられている。

「われわれが歩くとき、足のかかとの外側がまず着地して、つぎに小指のつけ根、それから親指のつけ根が着地して、さいごに足指のつけ根の間接を屈曲しながら、親指・二番目・三番目の足指で蹴りだします。つまり歩行動作は足を外から内へあおりながら行なわれますので、着地足と反対側の足も、スムーズに前にでてくるわけです。したがって、この足のあおりは、体のエネルギー消費をもっとも小さくしています。人間は立ち上がって二本足で歩くようになりましたが、足をあおって歩く、また足と交互に手を振るということは、ロコモーションの大原則である、魚類━両生類━爬虫類以来の躯幹部のS字状運動に適っています。」(「足のはたらきと子どもの成長」近藤四郎著、築地書館)

人の前進運動は2本の足で行なわれ、手は環境作働器(香原志勢立教大学教授の命名)として前進運動器ではなくなっている。

 

4.運動の相転移

 哺乳動物は霊長類(人と猿)を除くと、4足を前進運動器としている。だが猿とて二足歩行は数十歩ぐらいしか出来ない。直立二本足立ちで長時間、長距離を歩けるのは人だけである。霊長類は森林を棲家としてきたが、5本指で平爪をもち、ものを掴む事が出来、木の枝先を掴んでぶら下がったり出来る。指紋があり手の感覚は鋭敏である。他の哺乳動物は鈎爪を引っ掛け木登りできても、掴めないので細い枝先へは行けない。

 人は二本足で安定して立ち、手で環境に働きかけ、加工する事が出来る。歩く、走るという場所を移動する運動(前進運動)に対し環境に働きかける、例えば鍬で耕す、斧で木をきるなどは、場所の移動は必要な場合もあるが、本質は対象に対する働きかけであって、むしろ一定の範囲でのその場での運動である。これを加工運動といおう。

 われわれの運動は、ほとんどが周期的である。歩いている時、前に蹴り出された脚は、着地し、後ろに送られ、再び前に蹴りだされる。ものを取ろうとして前に伸ばされた腕は、ものを掴めば再び体の近くに戻ってくる。周期性のある運動は、必ず元の位置に戻ってくるので、回転運動の一種として角度であらわすことが出来る。歩いている時、脚が一番後ろにある時を「0度」と呼べば、脚が前にいっぱいに出されたときを「180度」そして再び一番後ろに引かれたとき「360度」と呼ぶ。(「0度」と「360度」は回転運動では同じことである)この角度が「位相」であり、角度の差が「位相差」である。位相差に規則性があれば、その運動は安定性、つまりは協調性がある。そして歩行のように互い違いに出される左右の脚は互いに「逆位相」、うさぎ跳びのように同じ方向に出される左右の脚は互いに「同位相」にあるという。

 移動速度と位相の間には関わりがある。よく知られた例は馬の足並みで、移動速度に対応して、三つに分けられ、歩行とトロット(早足)では前肢と後脚は逆位相の協調、ギャロップ(全力疾走)では同位相の協調となる。人も速度を上げれば歩きからスキップや駆け足へと運動の相がかわる。人の前進運動では、ほとんどが右脚を前に蹴りだしたとき、右腕は後ろへ引かれ、左脚を蹴り出せば、左腕は後ろへと左右の脚と腕は互いに逆位相となる。

 人の加工運動では、右脚が前なら右腕も前(右半身)、左脚が前なら左腕も前(左半身)と同位相になる。これは速度に対応した運動の相の転移である。相転移の制御パラメータは速度とは限らない、体重の変化、中枢神経の発達、知覚の発達また使用する道具、対象の重さの変化、大きさの変化など様々である。人の加工運動では、例えば筆で文字を書く、鯛の刺身をおろす、あまり大きくない仏像を彫刻するなどは、正対して正中線前に対象を置き並行立ちや、正坐や胡坐または椅子に座って行うだろう。だが斧で木をきる、鍬で畑を耕す、刀で人を切るなどは右半身、左半身の立位で行う。これは使用する道具の重さと大きさによる相転移である。道具の重さと大きさの相関については膨大な研究成果がある、これについては必要に応じて追々述べる。体重の変化による相転移では、新生児歩行反射の研究が有名である、生まれたばかりの赤ちゃんを支えて足を地に付けると、歩くような脚の運動が起こるが、この歩行反射は生後2ヶ月ぐらいで消失する。なぜ消失するか。仰向けキックが生後半年ほど増え続けるので中枢神経の発達では説明が付かない。水中で体重を軽減することで復活するので体重の変化による相転移であることが実証された。これらの研究成果もやがて参照しながら論を進めてゆく。

 

実技実習

片手取り各種

 


Topへ

葛飾ホームへ