25回   2009.Feb.05.   金子信造

7.日常的身体から武道的身体への質的転換

@“むすび”の原機構としての重力

 地球上の全てのものは重力で、地球の中心でむすばれている。大地は動物たちに、その上に立ち、歩き、跳ぶための足場を提供している(アフォードしている)━ギブソンのアフォーダンスについて今後ギブソニアン達の研究成果を援用させてもらう心算である、参考書を一冊だけあげれば「アフォーダンスの構想」東京大学出版会をみておいてくれればと思う。

 クラゲを陸上にあげると、グチャグチャのゼリー状に押しつぶれてしまう。骨がなければ重力に対抗して立ちあがれない。筋肉をかためて立つのが不合理なことを示している。

 ヒトは両足の足うらを大地にのせ、踵と拇指球の間、土ふまずの頂点に剄骨が乗り、全身の重力がとおるように、剄骨、膝の中心、仙骨の中心と骨を積み上げ、さらに天頂と、頭頂、仙骨の中心とを結ぶ線にそって、腰から上の骨を積み上げる。積み上げた骨から筋肉がぶら下がり、骨組の崩れを調整する。筋肉は今使われていれば、次にはゆるめなければ使えない。次に使える筋肉は今使われていない筋肉である。使われていない筋肉が多いほど、身体の自由度は高い。自由度の高い身体で重力に任せて動く。

A客観的身体と現象的身体

 身体の在り方については、メルロ・ポンティがいうように「客観的身体」これは第三者的に解剖的測定や健康状態の診断などで把握されるあり方であり、これに対し自分にしか当てはまらない一人称的な事柄でしかありえない「現象的身体」の二つに区別して考えるのが便宜である。(メルロ・ポンティ「行動の構造」みすず書房)

 現象的身体は、例えば盲人の杖が、手の範囲の外まではたらいて、周辺を感知したり、自動車の運転で、車体が運転手の皮膚をこえて外部を感知したりする。刀や杖を身体の延長として使えるのも現象的身体である。

 客観的身体の範囲をこえて行動を可能にするものを「身体図式」とよぶ。幼児が歩けるようになったとき、さらに自転車に乗れるようになったとき、それぞれ新しい「身体図式」を手に入れたという。

 歩行で右、左と脚を踏み出すにも、自転車でコーナーでの内側への身体の傾け度でも、言語的文節は必要ない。意識せずに身体が覚え、意識的制御なしに展開する。これを「習慣化された行為」という意味で[習慣]とよぶ。

 さまざまな「身体図式」が時間とともに蓄えられ、習慣として現象的身体に沈殿し、必要な時に発動する。身体図式は状況に応じた柔軟性をもち、咄嗟の場合にはこれまでしたことがない動きもし、自己変形機能をもつ。身体図式は現象的身体の内部に統一されている、これらは臓器や骨格などの集まりとは違う、つまり客観的身体による統一ではない。

身体図式の総体が一般には日常動作である。この日常動作としての身体図式、つまり習慣は自然成長的な不合理性も多分に含んでいる。立っているとき緋骨と筋肉をかためていたり、動くに筋力を使わずにいられないというような余分な力を使うということが多い。

 起き上がり小法師や弥次郎兵衛は重力に素直に身を任せて、したたかに(下確かに)立つ。自ら力むことなどない。

竹細工の坂下り人形━胴体に見立てる直径3〜5p、長さ10p位の竹筒の半ばよりやや上に直径を貫く位置で穴をあけておく、脚に見立てる6〜8p位の割箸二本の上端付近に横に並べて穴をあける。6p位の針金を用意する。どの穴も針金を通して遊びがある程度にしておく。竹筒の中に割箸を差し込み、筒の外から針金で中の割箸二本を貫いて反対側の外まで出し、針金が抜け落ちないように筒の両側で曲げておく。板でゆるい坂をつくる。

この胴と脚だけの人形を坂の上部に立たせると、脚を交互に振り出して坂をトコトコ歩き下る。重力にまかせ、自ら力を出すこともない。

ヒトも重力に身を任せれば、筋力を使わなくとも坂を下ることができる。

筋力は必要に応じて出し、余計な力を使わない合理的な身体図式を身につけるのが、再帰的加工運動の目的である。第2回の「重力移動法」、第4回の「運足法の練習」で述べたことは繰り返さないので参照のこと。葛飾の道場で何人かと工夫し合ってきたが、ともに研究し合った仲間は例えば入身、転換の足さばきは各人それぞれの個性があるが、習慣的日常動作からは脱皮し身体図式の質的転換をしつつある。適当なところで妥協をせず精進するほかない。転換での腰の安定とか頭を上下せずにとか“ことば”でいえば、自分の直感でやっている人と同じようであるが、それは身体図式の行動の構造改革の結果もたらせられるのであって、構造変化もない人と、身に付いた内容は全く違う。工夫らしい工夫もなく直感で日常動作の延長でやっていては質的転換はできない。

平地、上り坂、下り上りの階段での移動については、これまでの稽古で気づいたこともあるので稿を改めて敷衍する。

 

実技演習

正面打一教座り技  正面打一教立ち技

以下立ち技

正面打二教     正面打三教

   四方投      入身投



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