31回  2009 .Aug.06.         金子信造

 

D肩甲骨

ヒトが嘗て四つ這いであった頃、肩関節で上肢を支えてはおれなかった。肩甲骨という大きな骨に力を分散させなければ、前進運動という過激な運動に耐えられなかった。

ヒトが立ちあがって上肢を体重支持から解放して、扁平な体幹の両上端から横には180度腕を広げ、太い木の幹に抱きついたり、真横の花を摘んで目の前に翳したり、また上下には地上の小石を拾って頭上に振りかぶって前方に投げたりできるようになった。こうして大多数の人は腕のはじまりが胸鎖関節であったことを忘れ肩関節が腕のはじまりであると思うようになった。脊椎動物は魚に見るように、脊椎とそれにつながる筋肉が動力源であり、とりわけヒトでは腸腰筋が主導筋として他の筋肉の動きをリードして働くことで協調構造がうまれる。その脊椎からの力は胸骨を経て胸鎖関節を通じて肩甲骨が腕をはたらかせる。ヒトは上肢が腹這いで体重を支えていたときでも筋肉を固めて立つのではなく、骨で力みなく支えるのが基本であったのであり、現代での気をつけの姿勢のように胸を張り、左右の肩甲骨を脊椎寄りに(これをするのは菱形筋)固めてしまわず、肩甲骨の柔軟さが腕を滑らかに動かすのだから、菱形筋を弛めてユルユルに肩甲骨を外側に放しておき臨機の対応をすることで腕の機能は発揮される。

E腕

 前にある大きくて重いもの(壁や立木でもよい)を押そうとするとき、また腕を振りかぶって打ちおろすとき、半身になって前になる足の踵に重心を落とし、腕を内旋して押す、または振り下ろすのが効率のよい身体の使い方である。相撲の押し、また餅つき、鍬で耕すなどもし慣れた人はそうしている。

 腕を前に伸ばす、上に伸ばすは肩関節からしている人が多いと思う。これを胸鎖関節を意識する、あるいは同じことだが肩甲骨をゆるめて伸ばせば、肩関節操作より、手が10pぐらい遠くに伸びる。刀を執って前に構える、また上段から振り下ろすなど、10pの違いの威力は大変違うものである。

 腕を前や上に挙げる動作は左右の股関節の動きが、仙骨、脊椎を通して胸骨を開かせることで起こり。振り下ろしは胸骨を閉じることで行なわれる。すでに述べているように、刀を執った両腕は外旋で振りかぶり、内旋で振り下ろす。胸骨の開きと閉じは呼吸をこの動きにマッチさせる。胸骨の開閉は仙骨から始まる。

 直立二本足たちで、脚を揃えた時、踵をつけ足のつま先を平行に揃えると、腿と膝が隙間を作るが、足を逆ハの字にひらき、脚を外旋させると閉じる。足を閉じていると股関節が捩じられているからである。したがって足を振りだすとき真っ直ぐや内旋ですると、その捩じれで体幹はひねられブレる、脚を外旋して振り出すことで体幹が捩じられることなく動く。股関節の外旋はつま先と膝を同じ外に向けることで果される。つま先だけ向ける人が多いから注意する。

 こうして刀の振りかぶり、切りおろしが肩甲骨と股関節の連動、そして仙骨、胸骨の呼応その他の身体の協調運動としておこなわれることが理解される。

F手

 武蔵は「五輪書」で「太刀のとりようは、大指ひとさしを浮ける心にもち、たけ高指しめずゆるまず、くすしゆび、小指をしむる心にして持つなり」と記しているが、剣術、剣道各派でもこれに違う教えはない。

 手の内のしめについては、茶巾しぼりと言い伝えられているが、雑巾やタオルを絞るようにという指導者に出会って誤伝・誤解を気つかず自分の勝手な思い込みを他人に伝え、進歩の道を阻む罪に慄然とする。

 現在の剣道は竹刀競技であり、ルールにより打ち叩きであっても、得点し勝敗を決めればよく、真剣での勝負とは次元の異なるものである。刀であれば切る、突き差すで生死が分かれる。

 切り手、延べ手と切るか突くかで手首の形は違うが、茶巾は薄く小さな布で、雑巾やタオルを絞るような力強い締めは使わない、絞るというよりしごく程度である。力強い締めでは刀の正しい刃筋は生まれない。雑巾絞りでは指は各々の働きを失ってしまい、刀法の技から離れてしまう。刀は押し切り、引き切りができることが大切で「手の内」というのはいかにして切れるかの工夫でつくられた。

 現在では刀で切る稽古のできる環境はごく限られている。けれども切るということは家庭にある包丁で刺身をおろしたり、沢庵を切ったりでも学べる。まな板の上にそうした材料を乗せたら、包丁の柄を小指と薬指でしめ中指はかける気持ち、人差し指は放ておく、親指は指先は地をさして水平方向に向けず、しめない。手のひら全体は柄の真上からかぶせる感じである。これで引き切り、押し切りの手の内を学ぶ。荘子の「包丁説話」を思い浮かべて工夫を重ねるのは良いことと思う。

 包丁は片手で持つが、日本刀は通常、両手で持って構える。手の内の要領は同じであるから、木刀での稽古でもいかされる。包丁でも刀でも手で持つ、手の働きは5指にあるが、働かせるには手首の形、方向、位置が制約する、手首は腕が、腕は肩甲骨がというように、体幹と、そして脚とと、要するに全身体の協調運動の構造が、運動行動の質を決める。

 機能が解ったからといって、使いこなすには習熟が必要である。始めは意識して使い無意識化にいたる道である。とりわけ主導筋とそれにリードされる筋肉の関係は、身体にとって革命といえる転化が求められる。例えば脚について、これまで大腿四等筋で動いていたのを腸腰筋主導にするにしても、安定には大腿四等筋には従たる働きをさせるのであり、主従の転換なのである。長年の習慣を変えるのは容易ではない。

 

実技演習

片手取りで全身体の協調運動を感触で確かめる。

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